2013年7月15日月曜日

作品紹介(6)

道端にでも生えていそうなありきたりの花が描かれた1枚の絵。これを画家がどのように描き出したかを想像しながら見てみること。


斜めに切られた茎が、この花が江上さんの手によって摘まれたことを示しています。江上さんはスケッチに出かける時、小さな瓶に少しの水を入れて携えて、摘んだ花を大切に持ち帰ってはこのように描きました。

とすれば、この小さな花と出会ったのは帰り道でしょうか。スケッチはうまくいったのでしょうか。それとも「今日はいまいちだったなあ」なんて呟きながらなのでしょうか。

花を摘むときには、なにか言葉をかけるのでしょうか。

家に帰ってきて、荷物を置き、一休みしてから江上さんは花を手に取り、愛で、鉛筆を取り出し紙の上に象っていきます。

消しゴムは使いません。硬く尖らせた鉛筆の先で、心を無にして、精神を集中して、一本の線で輪郭を描いていきます。目の前の対象に没入、忘我する約二時間は、現実から完全に隔絶されて平穏を手に入れることのできる、貴重な時間だったに違いありません。

『私の鎮魂花譜』と名付けられ、ファイル3冊に分類・保管されているこれらの植物画は、昭和13年から40年代初頭までのおよそ30年間の長きにわたって断続的に制作されてきました。青年時代の寂しさを慰めるための営みだったと、江上さんは振り返ります。

さらにこの絵では水彩で薄く色がつけられています。鉛筆だけで描かれたものよりも柔らかい仕上がりで、この花の小さく愛らしいさまがよく伝わってきます。

縦21cmほどの紙の上に余白を大きく残したままに描かれたこの花は、ほぼ原寸大なのでしょうか。小さきものを愛で、弱いものに共感を寄せる江上さんの心性が彷彿とされます。(たけ)